長良川流域文化を未来につなげるプロジェクト
はじめまして。
NPO法人ORGANの蒲勇介です。岐阜県岐阜市を拠点に、清流長良川の流域で観光とまちづくりに取り組んでいます。私の団体は、2005年からゆるい団体として活動を始め、2011年に法人化しました。
岐阜に生まれ、大学で外に出て帰って来るきっかけになったのは、地域から誇りが奪われていく構造を変えたいと思ったからです。実際に岐阜県は、全国統一の地域ブランド調査において、外部評価は51%あるものの、内部評価(住民自身による地元評価)は29%と、全国でも最低レベルのシビックプライドしか持ち合わせておりません(2014年度 ”属”ブランド力調査:博報堂)でした。
「生まれ育った地域に誇りを持てる社会にしたい!」と思って立ち上げたフリーペーパーの取材をきっかけに、岐阜に眠っていた伝統工芸品”水うちわ”に出会いました。何もなかったはずの岐阜に、なぜこんな美しいものが生まれたのか。その答えは、目の前を流れる長良川でした。かつてこの川は上流から美濃和紙や材木を大量に運び、下流で提灯・うちわ・和傘など世界に誇る文化を生み出していたのです。
「長良川がぼくたちの文化と、シビックプライドの源だ!」と気づいて以来、長良川流域文化を発掘し、地域ブランドに生かす事業に多数取り組んできました。
・流域各地の文化体験を通し、担い手を支援する”長良川温泉泊覧会”の開催
・長良川が生み出したほんもの達を物語とともに売る”長良川デパート”の開店
・提灯・和傘など和紙とともにある手仕事を伝える”長良川てしごと町家CASA”の開店
などの事業を通して、美濃和紙の職人、岐阜提灯・岐阜和傘の職人、川漁師や釣り師、川船大工や漁具の職人、林業家や木工家、さらには川船の上で芸を披露する芸妓・舞妓など、本当にたくさんの「長良川文化の担い手」たちに出会い、ともに活動してきました。
観光体験や商品開発・販売なども含めて連携する中、長良川文化を”生業”として継続することの難しさを知りました。和傘の部品”ろくろ”職人や岐阜うちわ職人、和綴じ職人や川船大工、郡上竿や郡上魚籠などは、各業界もう最後の1人しか残っていません。そして、川漁師や岐阜和傘など、世界に誇る伝統産業も次なる担い手を育てきれずに衰退の一途をたどっているということに気づきました。
長良川流域の人と自然のつながりは、国連食糧農業機構により世界農業遺産にも登録され、私たちの祖先が営んできた川文化が、世界的にも大切なものだと言われ始めています。だからこそ、「長良川文化の担い手」を支援し、次世代に繋げていくことに、今こそ取り組んでいこうと考えています。
この問題の解決に挑む私たちの志は、以下の記事をご一読ください。
凸と凹「登録先の志」No.2:蒲勇介さん(NPO法人ORGAN 理事長)
凸と凹「登録先の志」No.5:籠原潤一さん(NPO法人ORGAN 理事)
凸と凹「登録先の志」No.10:熊田朋恵さん(NPO法人ORGAN 理事)
ここからは、私たちが解決に挑む問題やその解決策などについてご説明します。
長良川流域文化の担い手の多くは、危機的な状況にあります。工芸一つを取っても、企業経営や人材育成、文化や技術の伝承など、複合的に絡み合った課題の中で、持続性が絶たれているものも多数あります。そんな伝統産業の中でここ数年、岐阜和傘の産業再生に取り組んでいます。岐阜和傘は、長良川流域文化を象徴するだけでなく、歌舞伎や神社仏閣、芸妓・舞妓など、多くの日本文化の現場に欠かせないものでありながら、日本の7割近くを生産する岐阜においてその存続が危ぶまれているからです。
また、2018年開業の”長良川てしごと町家CASA”を通して若手職人の高付加価値な和傘がメディアに露出することが増え、”岐阜和傘”のブランド価値の認知が上がりつつあることも、本事業を後押ししました。
1.何が問題か?
★困りごとを抱えた当事者:伝統工芸の将来を担う職人希望者
★困りごとを象徴する数字:和傘部品職人の高齢化(骨職人の年齢-90歳/ろくろ職人の年齢-73歳)
伝統産業が衰退し、消えてしまいそうなのは儲からない産業構造が原因になっていると言えます。例えば、岐阜和傘がなぜ儲からないかを考えると、大きく2つの理由が挙げられます。
(1) そもそもたくさん作ることができないから(作ることができる人が少ないから)
(2) 本来の価値(希少性、高度な技術)が価格に反映されていないから(価値を伝える人がいないから)
そのため、次の担い手を育てられず、職人も高齢化してきてしまったのが現状です。これまで担ってきた職人も余裕がなく、利益率が低く、自信をなくし…とマイナス思考に陥ってしまいがちです。
この負の循環を正の循環へとてこを利かすためには、2つのことが必要です。一つは、和傘の価値を元に産地ブランドを高め高付加価値化し、利益率の高い産業に転換すること。これは私たちの小売や支援事業を通してこれまで徐々に進んできました。
そしてもう一つ、伝統工芸がこれからも続いていくためのわかりやすいシンボルとして、次世代の職人を育てることが重要です。そのため岐阜和傘のケースでは、これまでバラバラで活動していた職人さんたちと業界団体をつくり、後継者の育成に取り組むことにしました。
2.誰と解決するか?
★先行事例:ゆいまーる沖縄(沖縄県南風原町)―地域固有の文化と伝統的生業の担い手に対し、経営支援とマーケティング支援を行いながら、地域アイデンティティ再生に取り組む団体として、先駆け的な存在。
伝統工芸の将来を担う職人希望者を支えていくために、岐阜和傘では職人たちによる「一般社団法人岐阜和傘協会」を新たにつくり、これまで育まれてきた技術を継承していきます。また、岐阜市で育まれた伝統文化だからこそ、行政(岐阜市、岐阜県)にもそれぞれの得意分野でかかわっていただき、2022年3月には伝統的工芸品に指定されました。
ORGANは伝統的工芸品に指定後も新たな担い手の募集や、各連携先とのコーディネート、行政への政策提言、岐阜和傘の販売促進という面などで継続してサポートしています。
岐阜和傘をきっかけに、伝統産業の再生をモデル化し、岐阜や長良川で育まれてきた他の伝統文化を守るプロデューサーとしての役割も果たします。今後は川漁師など、他のテーマにも挑んでいく予定です。
3.どう解決するか?
★ビジョン(ありたい社会の状態):生業が次世代に受け継がれている長良川流域の実現
★ミッション(自団体が果たす役割):岐阜と長良川に愛と誇りを持って暮らす人を増やす
私たちは、これまでの実績と長良川流域のネットワークを活かし、以下の3つのSTEPで生業が次世代に受け継がれるための仕組みづくりをコーディネートします。
▼STEP1▼ 市場化
かつて伝統的な生業を支えていた地域市場はほぼ残っていません。この時代だからこその新たな顧客を見つけ出し、新しい市場を形成します。そのために小売・旅行会社事業にも取り組みます。
▼STEP2▼ 啓発・人材育成
市場形成を図りながらも、伝統的な生業の高次の価値、そして課題を伝え啓発し、大切なものをともに守る仲間の輪を広げます。そのためにクラウドファンディングや研修事業に取り組みます。
▼STEP3▼ 調査・実験・提言
調査と分析を通して課題を整理・定量化し、多くの人が共感できるメッセージを作ります。特定分野の課題を「社会課題」として共有し、行政を含むステークホルダーとともにそれぞれの得意分野を組み合わせて、課題解決に挑むチームをつくります。
和傘職人や和紙職人、船大工、和製本職人など、長良川流域の多くの伝統的生業の担い手は高齢化しており、10年後にはほとんどの先達が引退している状態です。それまでに未来に残すべき長良川流域文化を調べ、危機度の高い分野から、再生・継承の支援に移っていきたいと考えています。
2020年度から2022年度にかけては『
長良川流域文化レッドデータブック』をプロボノスタッフとともに制作しました。長良川流域の漁業、工芸、芸能の担い手へのヒアリングなどを実施し、最終商品を構成する部品製造や原料調達など生業を産業クラスターに見立て、その末端に渡るまでの調査を行いました。この調査から、各産業は複雑に絡み合って私たちの暮らしが成り立っているということが可視化されました。例えば木造舟を作る舟大工の技術は、和紙を漉く「漉舟」や郡上の「水舟」にも見受けられ、漁業だけのものではないのです。そして、法人化当初からのミッションの重要性を再認識しました。
4.“志金”のつかいみち
上記の「どう解決するか?」を実現するために、2022年度はみなさまからご支援いただいた“志金”を活用し、以下の活動に取り組みます。
活動(1) :『長良川流域文化レッドデータブック』を活用した学びの場をつくります。
活動(2) :岐阜和傘の産業再生支援を継続します。
活動(3) :川舟大工の産業再生支援に取り組みます。
私たちは、グローバル化する世界の中で次の社会を担っていく子どもたちには、自分と、自分を培ってきた土地の記憶=文化を語れる人になってほしいと思っています。この長良川の水を飲んで育った子どもたちに、この土地に積み重ねられてきた先人たちの物語を残したい。そんな流域文化を残し、伝える当事者たちを心からリスペクトしています。漁師、竹編職人、芸妓、木地師…、彼らの生業は、数百年の昔から不安定でした。だからこそ現代、この長良川流域に生き残っている彼らは奇跡のような存在だと思っています。
みなさんと一緒に、彼らの新しい時代の生業づくりをサポートしながら、山と川に生きてきた日本文化の根底を守っていきたいと思っています。
5.伴走支援者の声
ORGANは法人化して2020年度で10年目を迎えました。事業数は拡大の一途をたどり、ステークホルダーも多様化してきましたが、役員が事務所を定期的に訪問するなど、運営に積極的に参加し、事業を安心して任せられるスタッフも育ってきました。
本プロジェクトは、その多様なステークホルダーがORGANにお金や時間でもっと参画・応援する仕組みのひとつです。これまでもひとつの財源に依存せず、組織や事業の持続性を高めてきました。「寄付」によるさらなる財源の多様化は、長良川流域で育まれてきた生業の持続性も高めることを「本気で」めざす、法人化10年を迎えたORGANの新たな挑戦です。
ORGANのすばらしさのひとつは、(特に設立時からの)会員を大切にしていること。ステークホルダーが多様になっても、ホスピタリティあふれる総会を毎年開催しています。本プロジェクトを支援するマンスリーサポーター「ORGAN長良川サポーター」になって、ぜひご参加ください。(木村)